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2012.02.25 (´゜ж゜
76年前は今日の夜分から…
とか思うと色々考え過ぎてしまうので、この話題はやめときます←
頭の中はぐだぐだぐだぐだぐだぐだgd(以下略
って感じになってます(笑

29日は4年に一度の日なので、
ちゃんと意味を込めて自分なりに何か書けたらいいかなと思う。
…勝手な自己満かもしれんが、知ってる範囲を少しでも整理したいなあ。


で、ふと思い出したので記事にしてやるぜこの野郎と(誰に喧嘩売ってんだよ
下記にぐだぐだ。何じゃこらと困った話題なので←
これ書きながら何故か
オリビアニュートンジョンさんの「take me home country roads」を聴いてます。
勿論ジョンデンバーさんの方も好きです。「耳すま」もやっぱり好き。

で本題。
ゆとり云々言われてる昨今。無論瀬名は何を隠そうゆとり教育を受けたひとりである。
ゆとりゆとり言われてバカにされて、こんちくしょうと思うことがあるけれど、
バカにされてもしょうがない…なんて思うこともあったり、色々。

でもゆとり教育を受けた人達は被害者、って言っていた人がいて、
確かに私らは好きでゆとり教育を受けた訳じゃないよなあ、なんて。
ゆとりでも「ゆとり教育」に負けずに頑張ります!←意味不明w

そんなことを考えていたら、あることを思い出した。
きにくわねー「教育」の話。
高3の時の、政経の授業の時のことである。
その頃の瀬名は、教科書問題にもっぱら気がいっていた。
「南京云々」とか「竹島云々」とか超デリケートな話。
でも、両極端な情報が散乱していて、
何が事実で何が虚構かいまいちよく分からないので、自分でちゃんと勉強しようと思った。
ので、現在一応、勉強中でござんす。

で、政経の担当であったK先生は名門大出身の高学歴なお方。
理論的に物事を話すお方で、流石、頭脳明晰であった。
何で瀬名が通うアホ学校で先生やってんのとつっこみたくなるくらい。

そのK先生が授業とは関係ない話を始めた。
その日の政経の授業内容は、確か戦後日本の経済についてであった。
何を思ったか、K先生は、戦前の日本の話を始めた。
さっくり説明すると、戦前の日本は超ヤバかった。寄生地主制で貧乏人沢山とか。
みたいなことを淡々と話すK先生。
そこでまた②話が飛躍して、
「日本は役に立たないものを結構作ってたんですね」
と語り出した。どんなものだろうと思っていると、
「まあ、例をあげると、君達は知らないだろうけど、零戦とかね」
なんて仰るんです。
そこで耳を疑ったんですが、
と言うより何でそう思うんだよとか突っ込みたかったんだけど、
突っ込んで授業中断はまずいと思って堪えました。
零戦には色んな意見があるんだきっと…と内心ぶつぶつ。
K先生熱が入ったのか、
「あと大和なんて作ってね、
大和なんか何もしないでたった一度だけの出撃であっけなく沈んだんだから」
と笑いながら仰った。
「南京云々」とかはデリケートすぎて瀬名には分かないけど、
これが虚構だと言うのは瀬名でも分かった。多分、大和とか好きならすぐ分かる。
友人もこれが虚構だと言うのが分かったらしい。

この時瀬名はK先生に議論を吹っ掛ける気になった。(授業の後で
たとえテストや入試に出ない歴史でも、虚構を教えるなど何たる不覚だい!
つーかこの人絶対瀬名が大嫌いな人種に違いない!と直感。
後になって仲のいい先生に聞けば、ものすごいHIDARIの人だった。

その後瀬名はK先生のところに行ってぐだ②抗議したのだが、
さらっとかわすK先生。明らかに眼で瀬名を笑ってましたねw
で、一言言われました。
「出撃が一度じゃなかろうが大和の残した結果は同じだよ」
この野郎、まこと無礼ながら大和乗組員の方々を勝手に代表してでも、
ふざけんじゃねえと怒鳴ってやりたかったのですが、そこは抑えて、
どうしてそう思うか聞こうとすると、
「まあ君ももっと勉強すれば分かるよ」
と、逃げられた。(K先生は非常勤だったので帰って行った

あの、今思い出しても腹が立ちます。
K先生はその後瀬名に苦々しい思い出ばかり残したのでなおのこと。
(美少女系だった友人Mに「いい女になったら一緒に食事しよう」的な
考え方によっちゃセクハラ発言をかましたり、とそれはもう沢山。

気に喰わない奴がいても仕方ないかもしれない。
が、そうは言っても、よりにもよって必死に戦った方達を侮辱するような発言を、
教師と言う立場にありながら、生徒の前でしたK先生は許せんのです。
しかも、侮辱の内容が明らか虚構。
堂々と間違ったことを教えるなんて、信じられん。
たとえテストに出なかろうが、入試に出なかろうが、こう言うことやってちゃいかんでしょ。
何が虚構って、まるで大和があの菊水作戦(1945年の沈没時の)が最初の出撃だと言わんばかり
K先生は笑って仰ってましたけど、
んなわけあるかあ!!レイテ沖での大和の頑張り(1944年)をなかったとは言わせん!
それ以前も大和の出動はちらほらあったりするが)
つーか菊水作戦だけが出撃だったら、森下艦長の伝説的な操舵も、
「男たちの大和」に詳しい内田さん達の
文字通り必死の奮闘もなかったことになるだろうがあ!!
おまけに有名な栗田さんの反転等も絡んでくるのですがねえ。
K先生…一体何を考えての発言だったのか…。

歴史教育を鵜呑みにするのは恐ろしいことではないだろうかと思った一件だった。
勉強するなら一冊の史料とかじゃ絶対駄目で、多角的に見なけりゃいかん、
とは恩師の言葉。
K先生に、レイテ沖海戦時の旗艦愛宕がやられた後に、新たに旗艦となった艦は何ですかと
疑問だった零戦のことも含めて今度聞いてやろうかなんて思ったりする。

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